2009.11.25
紅葉の大津路を訪ねて 11月25日
お料理の仲間13人で中型バスを貸しきって滋賀県へ出かけた。
所はほんまもので有名な精進料理の月心寺です。
江戸時代走井の茶屋として歌川広重の東海道五十三次ぎの絵にも出ているそうですが、今も交通量の多い道路に面していて、京都東インターを降りて10分、「早く降りてください」と急かされて直ぐの門に入ると「こちらへどうぞ」と裏門の方へ案内される。
まだまだ約束の時間には早くて、ここは待合かと思ったが、席に座ると同時に名物のごま豆腐が運ばれてきた。
一献のお酒に続いてご飯と味噌汁、えび芋の炊き合わせは熱々です。
お杯を選んで大きな徳利のお酒が出て大鉢小鉢に銘々のお皿盛りが次々と運ばれて忙しない。
写真を撮って夫々の椀のふたなどに取り分けて、漸く落ち着いて頂きました。
どの野菜も驚くくらい大きくてビックリしたが、夫々の味付けはしっかりしていてメリハリがある。
「天下一品」と賞される胡麻豆腐は85歳になられた庵主の村瀬 明道尼(むらせ みょうどうに)様が朝4時から仕込まれるそうで、真っ白でゆらゆら揺れて滑らかで美味しい。
他にも自ら刻まれたあいまぜは色んな野菜が入っています。
とても食しきれ無い量で用意された器に詰めました。
小野小町像が安置されている茶室にも上がる積りだったが、明道尼様の説話が始まるため前の部屋に移動する。
約40名位の客で、この家は大正時代に橋本閑雪が別荘として使っていたそうで風流な作りです。
明道尼様はお声もお顔も語られる事も男性っぽい感じでしたが、皇室の話から時事問題までユーモアも有り、吉兆の創始者湯木貞一氏とのやり取りなど面白く聞かせていただいた。
珍しく時間超過で、走井の井戸も小町像も見られず後ろ髪惹かれる思いで大急ぎでバスに乗り込みました。

お庭の方は深山幽谷の趣きながら道路側は轟音が響いて車が通り過ぎる。
世話役の話では1ヶ月前に申し込んでこの日だけ空いていたそうで、ほんまものを味わいたい人が多いのですね。
続きます
所はほんまもので有名な精進料理の月心寺です。
江戸時代走井の茶屋として歌川広重の東海道五十三次ぎの絵にも出ているそうですが、今も交通量の多い道路に面していて、京都東インターを降りて10分、「早く降りてください」と急かされて直ぐの門に入ると「こちらへどうぞ」と裏門の方へ案内される。
まだまだ約束の時間には早くて、ここは待合かと思ったが、席に座ると同時に名物のごま豆腐が運ばれてきた。
一献のお酒に続いてご飯と味噌汁、えび芋の炊き合わせは熱々です。
お杯を選んで大きな徳利のお酒が出て大鉢小鉢に銘々のお皿盛りが次々と運ばれて忙しない。
写真を撮って夫々の椀のふたなどに取り分けて、漸く落ち着いて頂きました。
どの野菜も驚くくらい大きくてビックリしたが、夫々の味付けはしっかりしていてメリハリがある。
「天下一品」と賞される胡麻豆腐は85歳になられた庵主の村瀬 明道尼(むらせ みょうどうに)様が朝4時から仕込まれるそうで、真っ白でゆらゆら揺れて滑らかで美味しい。
他にも自ら刻まれたあいまぜは色んな野菜が入っています。
とても食しきれ無い量で用意された器に詰めました。
小野小町像が安置されている茶室にも上がる積りだったが、明道尼様の説話が始まるため前の部屋に移動する。
約40名位の客で、この家は大正時代に橋本閑雪が別荘として使っていたそうで風流な作りです。
明道尼様はお声もお顔も語られる事も男性っぽい感じでしたが、皇室の話から時事問題までユーモアも有り、吉兆の創始者湯木貞一氏とのやり取りなど面白く聞かせていただいた。
珍しく時間超過で、走井の井戸も小町像も見られず後ろ髪惹かれる思いで大急ぎでバスに乗り込みました。

お庭の方は深山幽谷の趣きながら道路側は轟音が響いて車が通り過ぎる。
世話役の話では1ヶ月前に申し込んでこの日だけ空いていたそうで、ほんまものを味わいたい人が多いのですね。
続きます
2009.11.23
鴨が葱を背負って・・・
「猟をなさる方から頂いたけど二人では多すぎるので」とお福分けを頂いた。
鴨は私が娘の頃にはお歳暮や結婚式の引き出物に良く頂き、今思えば母は40そこそこだったでしょうが全部自分で捌いていましたね。
その後知り合った転勤族の友人は「どうしようもなくお肉屋さんに頼んだらそれは魚屋さんだ」と言われたそうですが、今やその地域の魚屋さんも無くなってしまった。
又嫁いでからは小鳥と称して霞み網で獲ったツグミを頂いたが、男衆が毛むしりをして姑が捌いていました。
タレをつけながら炭火でこんがり焼いたのは姿のままで些か抵抗があったが、骨も頭も全部食べられて美味しいものでしたね。
その後狩猟は禁じられたのでこの頃は滅多に頂けず昔語りとなりました。

お出汁も付いてきたので一日目は鴨鍋にして、だまこ餅を作って入れたら美味しかった〜〜
二日目は郷土料理の治部煮です。
甘辛目のお出汁で小麦粉をたっぷりつけた鴨肉を煮て取り出し、手持ちのよもぎ麩・焼きとうふ・すだれ麩の代わりに新潟の焼き麩・生椎茸を炊いて取り出し、残りの煮汁に 水溶きの小麦粉でとろりとさせて椀に盛った具と青菜も入れて上にかける。
山葵を添えて溶きながら頂きます。
普段は鶏肉でも作るが矢張り鴨だと濃厚なお味になって美味しいです。
残りは冷凍したので鴨南蛮にしようか又お鍋にしてだまこ餅にしようか・・・悠は半分しか食べなかったので私が3個と半分で、他に粟餅も入れたので非常に危ないですね〜(爆)
だまこ餅は炊き立てのご飯を半突きにして塩水を手につけて丸く纏めてよく撫でてトースターで焦げ目をつけると皮がパリパリして美味しいのです。
続きを読む
鴨は私が娘の頃にはお歳暮や結婚式の引き出物に良く頂き、今思えば母は40そこそこだったでしょうが全部自分で捌いていましたね。
その後知り合った転勤族の友人は「どうしようもなくお肉屋さんに頼んだらそれは魚屋さんだ」と言われたそうですが、今やその地域の魚屋さんも無くなってしまった。
又嫁いでからは小鳥と称して霞み網で獲ったツグミを頂いたが、男衆が毛むしりをして姑が捌いていました。
タレをつけながら炭火でこんがり焼いたのは姿のままで些か抵抗があったが、骨も頭も全部食べられて美味しいものでしたね。
その後狩猟は禁じられたのでこの頃は滅多に頂けず昔語りとなりました。

お出汁も付いてきたので一日目は鴨鍋にして、だまこ餅を作って入れたら美味しかった〜〜
二日目は郷土料理の治部煮です。
甘辛目のお出汁で小麦粉をたっぷりつけた鴨肉を煮て取り出し、手持ちのよもぎ麩・焼きとうふ・すだれ麩の代わりに新潟の焼き麩・生椎茸を炊いて取り出し、残りの煮汁に 水溶きの小麦粉でとろりとさせて椀に盛った具と青菜も入れて上にかける。
山葵を添えて溶きながら頂きます。
普段は鶏肉でも作るが矢張り鴨だと濃厚なお味になって美味しいです。
残りは冷凍したので鴨南蛮にしようか又お鍋にしてだまこ餅にしようか・・・悠は半分しか食べなかったので私が3個と半分で、他に粟餅も入れたので非常に危ないですね〜(爆)
だまこ餅は炊き立てのご飯を半突きにして塩水を手につけて丸く纏めてよく撫でてトースターで焦げ目をつけると皮がパリパリして美味しいのです。
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2009.11.22
京都へ 11月12日
恒例の光悦会へ。
年々遅くなる紅葉ですが今年はお天気も良くキレイでした。
足が悪くなって遠ざかった茶道ですが、年に一度のこの会には長年出ています。
東京・京都・大阪・金沢の4席には重文クラスの道具組で緊張して拝見しました。

今年は青蓮院の青不動がご開帳されているので拝んできました。
暗くて定かではなく、大勢の人出で驚きました。
夕刻からライトアップされるよだが時間が無くて早々に出てきました。

青蓮院nのサイトから
年々遅くなる紅葉ですが今年はお天気も良くキレイでした。
足が悪くなって遠ざかった茶道ですが、年に一度のこの会には長年出ています。
東京・京都・大阪・金沢の4席には重文クラスの道具組で緊張して拝見しました。

今年は青蓮院の青不動がご開帳されているので拝んできました。
暗くて定かではなく、大勢の人出で驚きました。
夕刻からライトアップされるよだが時間が無くて早々に出てきました。

青蓮院nのサイトから
2009.11.21
携帯カメラから
パソコンの不具合と携帯電話のカメラからの取り込みが出来なくてもたついていました。
漸く解消したので前にさかのぼって記録として残します。

11月8日
女神湖畔から清里へ移動した折り、悠は富士山の見えるところへどんどん車を走らせる。
何時もの事ですが細い田圃道から山道へ。上から2枚目ダンコウバイの黄葉が美しい所で行き止まりUターンです。
途中大きな藁葺き屋根の家やお寺のような屋根の家があり、この辺の庭木の刈り込みはまるでオボクサン(仏壇のお供え米)のようで珍しい。
恐らく二度と来る事が無いでしょうに「此処は何処?」町角の案内板に高根町とあり、長坂インターに近いようです。
帰途八ヶ岳倶楽部の標識を見つけフルーツティーで一休み。
柳生博さんがとてもお元気そうでにこやかに応対して下さる。
帰り際にチョコッと待たして目に付いたオトコヨウゾメの苗を買ってきました。。
11月9日のホテルの庭から
八ヶ岳の山並みと右端は主峰赤岳。赤い屋根の上に天体観測のドームがある。

庭の向うには甲斐駒ケ岳と雪を被った北岳。
昨日来る時に通ったクネクネの山道を敬遠して一つ遠くなるが長坂インタへ出る。
インター近くでは逆光の富士山と甲斐駒ケ岳が大きくて「此処は甲斐の国」だと実感した。
漸く解消したので前にさかのぼって記録として残します。

11月8日
女神湖畔から清里へ移動した折り、悠は富士山の見えるところへどんどん車を走らせる。
何時もの事ですが細い田圃道から山道へ。上から2枚目ダンコウバイの黄葉が美しい所で行き止まりUターンです。
途中大きな藁葺き屋根の家やお寺のような屋根の家があり、この辺の庭木の刈り込みはまるでオボクサン(仏壇のお供え米)のようで珍しい。
恐らく二度と来る事が無いでしょうに「此処は何処?」町角の案内板に高根町とあり、長坂インターに近いようです。
帰途八ヶ岳倶楽部の標識を見つけフルーツティーで一休み。
柳生博さんがとてもお元気そうでにこやかに応対して下さる。
帰り際にチョコッと待たして目に付いたオトコヨウゾメの苗を買ってきました。。
11月9日のホテルの庭から
八ヶ岳の山並みと右端は主峰赤岳。赤い屋根の上に天体観測のドームがある。

庭の向うには甲斐駒ケ岳と雪を被った北岳。
昨日来る時に通ったクネクネの山道を敬遠して一つ遠くなるが長坂インタへ出る。
インター近くでは逆光の富士山と甲斐駒ケ岳が大きくて「此処は甲斐の国」だと実感した。
2009.11.16
花梨のゼリー
紅玉の季節にあちこちのブログで赤くて透明なゼリーが出ていたが、昨年この方の所で見た花梨のゼリー状飴の印象が強くて、一度作って見たいと思っていました。
先日小布施道の駅で買ってきたので作ってみました。
あの硬くてかさかさした白っぽい実から赤いゼリーが出来るのが不思議でしたが赤くて透明なゼリーが出来上がり美味しいのです。

花梨の汚れをとり、皮タネ共にザクザク切って、同量の水で圧力釜で2分加熱後、急冷して漉す。
ピンクの煮汁は2.2リットル有ったのでこのまま半量にまで煮詰めてからグラニュー糖を加減を見ながら約500g位入れて焦がさないように煮詰め、最後にレモン汁を入れて仕上げた。
途中で瓶を調達する為休んだら半分固まっていたのに又煮直したのでざらついた仕上がりになり残念。
新鮮な花梨が手に入ったらもう一度作ってみたい。
我が家に植えてから30年以上経った花梨が有るのに一度なっただけで実が着かない。
実生苗を貰ったのでその所為かと思っているが来年花の咲く頃に気をつけてみてみたい。
ネットが絶不調で書いては送れず消えてしまい、やっとアップできました
写真も今一ですがmomoさんの所で見てください 思いがけない自然からの贈り物です。
先日小布施道の駅で買ってきたので作ってみました。
あの硬くてかさかさした白っぽい実から赤いゼリーが出来るのが不思議でしたが赤くて透明なゼリーが出来上がり美味しいのです。

花梨の汚れをとり、皮タネ共にザクザク切って、同量の水で圧力釜で2分加熱後、急冷して漉す。
ピンクの煮汁は2.2リットル有ったのでこのまま半量にまで煮詰めてからグラニュー糖を加減を見ながら約500g位入れて焦がさないように煮詰め、最後にレモン汁を入れて仕上げた。
途中で瓶を調達する為休んだら半分固まっていたのに又煮直したのでざらついた仕上がりになり残念。
新鮮な花梨が手に入ったらもう一度作ってみたい。
我が家に植えてから30年以上経った花梨が有るのに一度なっただけで実が着かない。
実生苗を貰ったのでその所為かと思っているが来年花の咲く頃に気をつけてみてみたい。
ネットが絶不調で書いては送れず消えてしまい、やっとアップできました
写真も今一ですがmomoさんの所で見てください 思いがけない自然からの贈り物です。
2009.11.10
冬桜 6日の事
2009.11.09
忙しい一週間でした 2 7.8.9日 蓼科から清里
7日土曜日の朝
快晴の空を見て又、「女神湖へ行きたい」とのたまう。
天気予報も3日続くようなので慌ててホテルを調べて予約し、大急ぎで支度して10時過ぎに出かけた。
ところがカメラは玄関先に置いたまま、コンデジは途中で電池切れで、新調した携帯のカメラは使いこなせず散々でした。
幸い暖かな良いお天気で、この前より道中は紅葉真っ盛りで素晴らしい紅葉狩りが出来ました。

7日4時半に着いた夕暮れの女神湖は神々しい姿でした。

もう一枚は同じ時間で、悠の写真 カメラが違うと色が違って見えますね

そして今朝(6時20分)の富士山 清里のホテルロビーの窓越しから

客室の窓から 日の出 富士山は木の陰で見えません。
昨日は午前中女神湖畔でスケッチ後清里へ移動。
富士山を追っかけて北杜市の高根町辺りまで下り、帰り道で「八ヶ岳クラブ」でフルーツティーとケーキを頂いてほっと一休み。
夜はホテルの天体望遠鏡で木星の観察でした。
星空を見るのは好きでしたが、この頃は辺りが明るいのと目が悪くなった所為か、昔ほどきれいな星空は見え無くなりましたね。
今日は朝食後庭の池を一回りしただけで又早々に出ました。
清里に何しに行ったやら・・・この前行った所に行きたかったが(>_<)
高速道路の周りの紅葉は美しかったが、豊科で下道に降りいつもの道で白馬経由、ただひたすら走って帰りました。
今回は800キロ お疲れ様
能登と信州で買ってきた柚子・渋柿・花梨・等の調理と玉葱やエンドウ類の植え付けが有り、あ〜忙しい〜〜
快晴の空を見て又、「女神湖へ行きたい」とのたまう。
天気予報も3日続くようなので慌ててホテルを調べて予約し、大急ぎで支度して10時過ぎに出かけた。
ところがカメラは玄関先に置いたまま、コンデジは途中で電池切れで、新調した携帯のカメラは使いこなせず散々でした。
幸い暖かな良いお天気で、この前より道中は紅葉真っ盛りで素晴らしい紅葉狩りが出来ました。

7日4時半に着いた夕暮れの女神湖は神々しい姿でした。

もう一枚は同じ時間で、悠の写真 カメラが違うと色が違って見えますね

そして今朝(6時20分)の富士山 清里のホテルロビーの窓越しから

客室の窓から 日の出 富士山は木の陰で見えません。
昨日は午前中女神湖畔でスケッチ後清里へ移動。
富士山を追っかけて北杜市の高根町辺りまで下り、帰り道で「八ヶ岳クラブ」でフルーツティーとケーキを頂いてほっと一休み。
夜はホテルの天体望遠鏡で木星の観察でした。
星空を見るのは好きでしたが、この頃は辺りが明るいのと目が悪くなった所為か、昔ほどきれいな星空は見え無くなりましたね。
今日は朝食後庭の池を一回りしただけで又早々に出ました。
清里に何しに行ったやら・・・この前行った所に行きたかったが(>_<)
高速道路の周りの紅葉は美しかったが、豊科で下道に降りいつもの道で白馬経由、ただひたすら走って帰りました。
今回は800キロ お疲れ様
能登と信州で買ってきた柚子・渋柿・花梨・等の調理と玉葱やエンドウ類の植え付けが有り、あ〜忙しい〜〜
2009.11.09
忙しい1週間でした 4.5日 輪島へ
4.5日には先週から約束した友人達と能登のねぶた温泉へ行きました。
途中の門前町は07年3月の能登沖地震で壊滅的な被害に遭われた所です。
復興状態や暮らしぶりはニュースなどで見ていましたが、町並みは歯の抜けたような所もあるがきれいに建ち直っていたよで嬉しかった。
ここまで立ち直るにはどれ程のご苦労が有った事かと頭の下がる思いでした。

長い事行ってみたかった「手仕事屋」でお蕎麦を頂き、その後輪島市の漆芸美術館に立ち寄り地元作家の作品展を見て、宿を通り過ぎて千枚田まで足を伸ばす。
之までニュースか昔バスの車窓から見ただけでしたが、展望台のような所も出来ていて刈りいれの済んだ田が見下ろせる。
能登の塩や銀杏など買って宿へ。
悠の希望の温泉はとろりとした炭酸泉で良いお風呂でした。
翌日は初めての朝市を覗いて干物やお豆など買って他は何処も観光しないで、途中の道の駅で柚子など買って帰る。
途中の門前町は07年3月の能登沖地震で壊滅的な被害に遭われた所です。
復興状態や暮らしぶりはニュースなどで見ていましたが、町並みは歯の抜けたような所もあるがきれいに建ち直っていたよで嬉しかった。
ここまで立ち直るにはどれ程のご苦労が有った事かと頭の下がる思いでした。

長い事行ってみたかった「手仕事屋」でお蕎麦を頂き、その後輪島市の漆芸美術館に立ち寄り地元作家の作品展を見て、宿を通り過ぎて千枚田まで足を伸ばす。
之までニュースか昔バスの車窓から見ただけでしたが、展望台のような所も出来ていて刈りいれの済んだ田が見下ろせる。
能登の塩や銀杏など買って宿へ。
悠の希望の温泉はとろりとした炭酸泉で良いお風呂でした。
翌日は初めての朝市を覗いて干物やお豆など買って他は何処も観光しないで、途中の道の駅で柚子など買って帰る。
2009.11.03
霜月 さぶっ
11月3日は明治節(古っ)で晴れの得意日の筈。
一昨日は25度を越してぽかぽかだったのに、昨日はぐんと冷え込み今朝は4.5度で寒い一日になりました。
各地で初雪や初氷が観測されたようです。
我が家も夕べ初めて暖房を入れました。
雨上がりの庭から

早咲きの椿「西王母」が既に沢山散り敷き、薮系の「野々市」も一輪咲いていました。
小さな苗から育てて○十年、大きくなって写真も撮り難い。
白樺高原に移られたSさんの、「山からの目新しい情報」にサンシュユの実が売られていたそうで目を惹きました。
さて我が家のは?と注意して見たところ葉陰に一つ二つ見えました。
真っ赤に熟して美味しそうでしたが、酸味と渋味でそのままでは無理ですが沢山ならお酒でしょうね。
昔山でナナカマドの実を沢山採集してお酒にして見たことがありましたが、美味しいとは言えなかったけど・・・
季節の贈り物はどれもカワイイ〜♪
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一昨日は25度を越してぽかぽかだったのに、昨日はぐんと冷え込み今朝は4.5度で寒い一日になりました。
各地で初雪や初氷が観測されたようです。
我が家も夕べ初めて暖房を入れました。
雨上がりの庭から

早咲きの椿「西王母」が既に沢山散り敷き、薮系の「野々市」も一輪咲いていました。
小さな苗から育てて○十年、大きくなって写真も撮り難い。
白樺高原に移られたSさんの、「山からの目新しい情報」にサンシュユの実が売られていたそうで目を惹きました。
さて我が家のは?と注意して見たところ葉陰に一つ二つ見えました。
真っ赤に熟して美味しそうでしたが、酸味と渋味でそのままでは無理ですが沢山ならお酒でしょうね。
昔山でナナカマドの実を沢山採集してお酒にして見たことがありましたが、美味しいとは言えなかったけど・・・
季節の贈り物はどれもカワイイ〜♪
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2009.11.01
秋のバラ
この所暖かい日が続いて、今日は25.6度の夏日でした。
アイスバークが春のようにたわわに咲いています。
夏の手入れが悪かったので花はぼつぼつですが葉がきれいに出揃い今の内に肥培しなくては。

昨日は畑の茄子トマトを整理し、芍薬の植え替えも済ませました。
午後から雨になり明日は冬型天候で気温は10度も下がるようです。
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アイスバークが春のようにたわわに咲いています。
夏の手入れが悪かったので花はぼつぼつですが葉がきれいに出揃い今の内に肥培しなくては。

昨日は畑の茄子トマトを整理し、芍薬の植え替えも済ませました。
午後から雨になり明日は冬型天候で気温は10度も下がるようです。
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2009.10.29
揃って496歳
10月も終いというのに暖かくて良いお天気が続いています。
昨日遠方から悠の妹夫妻が見えたので、兄妹三夫婦で会食しました。
全部足して496歳平均82.6歳です!
体力の低下は否めませんが、気持ちは矍鑠として話も弾み楽しい一時でした。
「子供が還暦を迎えて・・・」と聞いたら時の流れに驚きますが、こうして全員揃って元気なことは何よりも嬉しくて幸せな事です。
一番若輩なので食事中にカメラを出せなかったけど、子持ち鮎や焼き蟹も出て、入って直ぐの椅子席で貸し切り状体のお席も良かった。
食後T町に移動後後の庭に行きました。
嫁いで来た頃、家の掃除をしてからこの庭の掃除をして、朝ご飯を頂いていた事も今は懐かしい思い出です。舅が存命中に来客の接待やお茶事をしていた家は無くなったが、縁側にかかっていた藤棚は昔のままで、舅が飼っていた鯉の池の面影もそのままでした。
今は入園料と1週間前に申し込みが必要だそうでチョット驚きましたが、その分手入れも行き届いていましたね。

唐津の陶土と良く似た土が取れると、西岡小十氏が設計されて作られた窯を十数年振りに見に行きました。
5室に分かれた登り窯で、小十氏亡き後ご子息やお弟子さんが使っておられるようですが、多趣味な義兄の楽しみでもあるようです。
さいたまの義兄も退官後陶芸をされ、月1に小論文を綴ってメールで送られてきますが、まだまだ元気なオトシヨリで、啓発されます。
昨日遠方から悠の妹夫妻が見えたので、兄妹三夫婦で会食しました。
全部足して496歳平均82.6歳です!
体力の低下は否めませんが、気持ちは矍鑠として話も弾み楽しい一時でした。
「子供が還暦を迎えて・・・」と聞いたら時の流れに驚きますが、こうして全員揃って元気なことは何よりも嬉しくて幸せな事です。
一番若輩なので食事中にカメラを出せなかったけど、子持ち鮎や焼き蟹も出て、入って直ぐの椅子席で貸し切り状体のお席も良かった。
食後T町に移動後後の庭に行きました。
嫁いで来た頃、家の掃除をしてからこの庭の掃除をして、朝ご飯を頂いていた事も今は懐かしい思い出です。舅が存命中に来客の接待やお茶事をしていた家は無くなったが、縁側にかかっていた藤棚は昔のままで、舅が飼っていた鯉の池の面影もそのままでした。
今は入園料と1週間前に申し込みが必要だそうでチョット驚きましたが、その分手入れも行き届いていましたね。

唐津の陶土と良く似た土が取れると、西岡小十氏が設計されて作られた窯を十数年振りに見に行きました。
5室に分かれた登り窯で、小十氏亡き後ご子息やお弟子さんが使っておられるようですが、多趣味な義兄の楽しみでもあるようです。
さいたまの義兄も退官後陶芸をされ、月1に小論文を綴ってメールで送られてきますが、まだまだ元気なオトシヨリで、啓発されます。
2009.10.27
再び信州へ その2 24日
生憎の曇り空です。
「今日は何処へ?」頭に地図が入って居ない悠はころころ行き先が変るが、「白樺湖と女神湖」へ行く事になりました。
山越えになるので9時に宿を出たが、安曇野らしい所へ行っていないので、観光地図を見ながら高速までの道すがら寄り道をする。


家の前には広い駐車場やトイレも完備していて、お土産屋のおばさんが親切に対応してくださる。
外から窺っただけですが立派な家構えです。
廻りには山葵田もあり、この辺りには道祖神も幾つか有るそうですが、そう言えば私達は一度も写していませんね。
スケッチ道路やせせらぎの小路と名付けられた所へ回ってみたが車が入れないのでそのまま豊科インターから諏訪インターへ。
大門街道は紅葉真っ盛りですが曇り空が恨めしい。

白樺湖畔は何回も通ったが俗っぽくて何時も素通りしていました。
蓼科山は見えていたが段々暗くなり女神湖に着いた頃には見えなくなりました。
悠は以前絵の仲間と来た事が有り、熱心に写真を撮り歩いた後で車で一周したので白樺湖の良さも分かってきた。
武田信玄が千曲川侵攻の際に休んだ岩場があり、この湖は昭和14年にできた人造湖だと知る。
辺りはもう晩秋の装いです。
続きを読む
「今日は何処へ?」頭に地図が入って居ない悠はころころ行き先が変るが、「白樺湖と女神湖」へ行く事になりました。
山越えになるので9時に宿を出たが、安曇野らしい所へ行っていないので、観光地図を見ながら高速までの道すがら寄り道をする。


家の前には広い駐車場やトイレも完備していて、お土産屋のおばさんが親切に対応してくださる。
外から窺っただけですが立派な家構えです。
廻りには山葵田もあり、この辺りには道祖神も幾つか有るそうですが、そう言えば私達は一度も写していませんね。
スケッチ道路やせせらぎの小路と名付けられた所へ回ってみたが車が入れないのでそのまま豊科インターから諏訪インターへ。
大門街道は紅葉真っ盛りですが曇り空が恨めしい。

白樺湖畔は何回も通ったが俗っぽくて何時も素通りしていました。
蓼科山は見えていたが段々暗くなり女神湖に着いた頃には見えなくなりました。
悠は以前絵の仲間と来た事が有り、熱心に写真を撮り歩いた後で車で一周したので白樺湖の良さも分かってきた。
武田信玄が千曲川侵攻の際に休んだ岩場があり、この湖は昭和14年にできた人造湖だと知る。
辺りはもう晩秋の装いです。
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2009.10.27
再び信州へ 10月23日
安曇野へ行きたいという悠の希望で快晴の信濃路へ。
糸魚川から白馬へ抜けたら冠雪した白馬三山が青空に映えて美しい。

行きつ戻りつして良い場所を探す。
和田野方面は良く知っているが、今回迷い込んだ所は一寸ステキなプチホテルかペンションか?お泊りして散策したいような洒落た所でした。
安曇野アートラインに沿って所々好みの場所で写真を撮って、お昼は宿の近くの「あさかわ」でお蕎麦を頂くことに。
「わさび味噌」と「わさびの花添え」の薬味付にしたが、山盛りのお味噌は白いご飯で食べたくて頂いて帰りました(笑)

後庭に蕎麦畑があり、刈りいれ後の畑にこぼれた双葉が沢山生えていました。
人気のお店らしく40分待ちで終わったのが2時半、てんこ盛りのお蕎麦は美味しかった。
少し走ってみたがスケッチに良い所も無く早々に宿に入る。
私は小さなギャラリーなど訪ねてみたかったが、歩くには距離がありすぎて無理でした。

此処は悠のお気に入りの宿で、二日前に予約したら一室だけ空いていたが、一階のお部屋をダイニングにリフォームされて全部で5室になったようです。
骨董好きのオーナー好みの和のしつらいに和みます。
いつもは荷物を置いて又出かけるのに、そのままゆったり過ごす。年には勝てないですね。
糸魚川から白馬へ抜けたら冠雪した白馬三山が青空に映えて美しい。

行きつ戻りつして良い場所を探す。
和田野方面は良く知っているが、今回迷い込んだ所は一寸ステキなプチホテルかペンションか?お泊りして散策したいような洒落た所でした。
安曇野アートラインに沿って所々好みの場所で写真を撮って、お昼は宿の近くの「あさかわ」でお蕎麦を頂くことに。
「わさび味噌」と「わさびの花添え」の薬味付にしたが、山盛りのお味噌は白いご飯で食べたくて頂いて帰りました(笑)

後庭に蕎麦畑があり、刈りいれ後の畑にこぼれた双葉が沢山生えていました。
人気のお店らしく40分待ちで終わったのが2時半、てんこ盛りのお蕎麦は美味しかった。
少し走ってみたがスケッチに良い所も無く早々に宿に入る。
私は小さなギャラリーなど訪ねてみたかったが、歩くには距離がありすぎて無理でした。

此処は悠のお気に入りの宿で、二日前に予約したら一室だけ空いていたが、一階のお部屋をダイニングにリフォームされて全部で5室になったようです。
骨董好きのオーナー好みの和のしつらいに和みます。
いつもは荷物を置いて又出かけるのに、そのままゆったり過ごす。年には勝てないですね。
2009.10.21
名残月
白山に初冠雪があり朝夕は冷え込んできました。
昨日はシルバーさんに庭掃除を頼んで、枯れた葉やうらぶれた花に増えすぎた吉祥草やホトギス類を整理したのでスッキリした。
お茶の世界では10月はやつれ風呂や名残の花を使い侘び寂を楽しみます。
盛りを過ぎた庭の花と、先日の花束を活けなおしたものです。


市主催の高齢者の為の料理講座に参加した。
電卓片手に「私の体格指数・標準体重・エネルギーの必要量」を割り出す。
アジャー スゴイオーバーで肥満症 一日の必要量は1345キロカロリーですって(>_<)
サンマなら青魚で良いとおもっていたが一回の摂取量は三分の一尾だそうでビックリ。
この頃悠が小食になり、つられてこちらも控えめになったが、間食が多くてイケマセン。
年をとると栄養不足(失調)になる人が多いそうですが、そういう心配は全然無い。
調理は下拵えがしてあって至れり尽くせりでしたが、主菜は鯵の梅紫蘇焼きで片身だけに金時草を添える。
大豆と牛蒡のカレー煮、五目ワンタンスープ、金時草のミルクかんでした。
それでも野菜が多くてオナカが一杯になりました。
ミルクかんは、金時草を茹でてその絞り汁を入れただけで、きれいな薄紫になりました。
右下の写真は一日の野菜摂取量の見本で、全部蝋細工でご丁寧に真空パック入り(@_@。
加賀野菜の金時草は外で越冬し難いので、苗作りの為にコップに挿して居ます。
昨日はシルバーさんに庭掃除を頼んで、枯れた葉やうらぶれた花に増えすぎた吉祥草やホトギス類を整理したのでスッキリした。
お茶の世界では10月はやつれ風呂や名残の花を使い侘び寂を楽しみます。
盛りを過ぎた庭の花と、先日の花束を活けなおしたものです。


市主催の高齢者の為の料理講座に参加した。
電卓片手に「私の体格指数・標準体重・エネルギーの必要量」を割り出す。
アジャー スゴイオーバーで肥満症 一日の必要量は1345キロカロリーですって(>_<)
サンマなら青魚で良いとおもっていたが一回の摂取量は三分の一尾だそうでビックリ。
この頃悠が小食になり、つられてこちらも控えめになったが、間食が多くてイケマセン。
年をとると栄養不足(失調)になる人が多いそうですが、そういう心配は全然無い。
調理は下拵えがしてあって至れり尽くせりでしたが、主菜は鯵の梅紫蘇焼きで片身だけに金時草を添える。
大豆と牛蒡のカレー煮、五目ワンタンスープ、金時草のミルクかんでした。
それでも野菜が多くてオナカが一杯になりました。
ミルクかんは、金時草を茹でてその絞り汁を入れただけで、きれいな薄紫になりました。
右下の写真は一日の野菜摂取量の見本で、全部蝋細工でご丁寧に真空パック入り(@_@。
加賀野菜の金時草は外で越冬し難いので、苗作りの為にコップに挿して居ます。
2009.10.18
おしんめさんのあぶり餅 16日
朝一番にウチボンコウ(報恩講)のお坊さんが見えたので家事がはかどり、前夜のニュースで流れた「あぶり餅」の写真を撮りに行きました。
金沢五社の一つ神明宮は犀川大橋の袂にあり、バスの中から何千回も見ているが訪れた事が無かったのです。
春と秋のお祭りに300年以上の歴史を持つ「あぶり餅神事」が行われていて、これを食べると身体の災難避けに。また、家守りとして玄関の高い壁際に挿しておくと悪事災難が入って来ないといわれる。
小さな四角いお餅を串にさして御幣に見立てているようです。
又境内には樹齢千年といわれる大欅があり、樹高33m、幹周7.83m、枝巾25mというだけあって狭い境内一杯に枝を広げていて圧倒されました。

肝心のあぶり餅ですが、ニュースで見たような「大火鉢であぶっている」所は無くて小さな社務所のような所でせっせと袋に入れていました。
求める人も凄くて長い行列が出来ていて之を見ただけで諦めてお参りだけして帰りました。
動機が動機ですし、どうも信心が足りないようです(ー_ー)!!

直ぐ近くに室生犀星が幼年期から青年期まで過ごした雨方院が有る筈と、之もまた初めて訪ねてみたら、何と橋詰めの交番の直ぐ横でした。
出生にまつわる不遇な少年時代を過ごした寺は、犀川の畔で今は境内も無い小さな寺でした。
「ふるさとは遠きにありて思ふもの・・・」は有名な詩ですが、彼の生い立ちを思うと余りにも哀しい。
直ぐ裏に流れる犀川は今は昔の面影も無く、コンクリートで固められた犀川大橋近辺です。

近くに有るという町屋フレンチの店は直ぐ分かったが、ランチは土日祝日のみ。
近くの西茶屋街に廻ったが通りには人影も無く、きれいに整備された家並みはまるで映画のセットのようで、賑わっている東茶屋街に比べたら寂しい。

「かわむら」で甘納豆を買いお向かいでお豆腐を買って帰った。
自転車で一回り2時間弱でしたが、地黄煎・六斗の広見から広小路へと、有名な忍者寺をはじめ大小の寺が多いのに驚きました。
金沢五社の一つ神明宮は犀川大橋の袂にあり、バスの中から何千回も見ているが訪れた事が無かったのです。
春と秋のお祭りに300年以上の歴史を持つ「あぶり餅神事」が行われていて、これを食べると身体の災難避けに。また、家守りとして玄関の高い壁際に挿しておくと悪事災難が入って来ないといわれる。
小さな四角いお餅を串にさして御幣に見立てているようです。
又境内には樹齢千年といわれる大欅があり、樹高33m、幹周7.83m、枝巾25mというだけあって狭い境内一杯に枝を広げていて圧倒されました。

肝心のあぶり餅ですが、ニュースで見たような「大火鉢であぶっている」所は無くて小さな社務所のような所でせっせと袋に入れていました。
求める人も凄くて長い行列が出来ていて之を見ただけで諦めてお参りだけして帰りました。
動機が動機ですし、どうも信心が足りないようです(ー_ー)!!

直ぐ近くに室生犀星が幼年期から青年期まで過ごした雨方院が有る筈と、之もまた初めて訪ねてみたら、何と橋詰めの交番の直ぐ横でした。
出生にまつわる不遇な少年時代を過ごした寺は、犀川の畔で今は境内も無い小さな寺でした。
「ふるさとは遠きにありて思ふもの・・・」は有名な詩ですが、彼の生い立ちを思うと余りにも哀しい。
直ぐ裏に流れる犀川は今は昔の面影も無く、コンクリートで固められた犀川大橋近辺です。

近くに有るという町屋フレンチの店は直ぐ分かったが、ランチは土日祝日のみ。
近くの西茶屋街に廻ったが通りには人影も無く、きれいに整備された家並みはまるで映画のセットのようで、賑わっている東茶屋街に比べたら寂しい。

「かわむら」で甘納豆を買いお向かいでお豆腐を買って帰った。
自転車で一回り2時間弱でしたが、地黄煎・六斗の広見から広小路へと、有名な忍者寺をはじめ大小の寺が多いのに驚きました。
